教授あいさつ
教授藤本 保志
命と機能を守る外科として
2021年5月に日本耳鼻咽喉科学会は日本耳鼻咽喉科頭頸部外科学会と名称を変更し、愛知医科大学も2022年1月から耳鼻咽喉科・頭頸部外科と名称を改めました。これまでも眩暈や難聴などの疾患から悪性腫瘍まで幅広い臨床を世界標準で行ってきました。一般には“耳鼻科”といいますと耳、鼻、のどのイメージが強いのですが、耳鼻咽喉科・頭頸部外科の扱う範囲はとても広いのです。嗅覚(におい)、聴覚(きこえ)、平衡覚(バランスをとる)、味覚(味わう)など外界の情報を取り入れる感覚器を扱い、発声(音声)、嚥下(飲み込む、食べる)、呼吸などの生存に不可欠な機能を守る仕事をしています。この領域に発生する頭頸部がん(舌癌などの口腔癌、咽頭癌、甲状腺癌など)の治療を専門とする科でもあります。当科は積極的に新しい領域を開拓し、よりよい臨床をお届けできますように努力を続けています。
大学病院としての使命は世界最先端の治療、標準治療を提供すること、未来を目指す研究を推進すること、そして次世代を担う学生と若手医師の教育です。それらをきちんと進めていくことは決して一人ではできません。専門分化が進んだ最先端の診療、研究では専門性の発揮のためには複数のエキスパートがいなければなりません。当科には頭頸部外科、頭蓋底外科(藤本教授)、嚥下・音声障害(藤本教授)、耳科学(内田特任教授)、腫瘍学(小川特任教授)、平衡科学(車講師)、頭頸部外科学・内視鏡手術(丸尾講師)などのエキスパートが揃っています。若手育成のためには日常診療における教育も大切です。大学病院において特殊な疾患ばかりを扱うと日常診療がおろそかになりがちですが、当院は充実した救急外来、関連病院との連携、日常診療体制の充実をとおして若手の教育を充実させています。また、当大学の解剖学教室の指導の下で、ご献体を用いた手術手技研修(Cadaver Surgical Training)を耳科手術・内視鏡下副鼻腔手術・音声手術・頸部手術について積極的に行っています。
一人ではできないこと、これは最先端研究にも当てはまります。当科では耳鼻咽喉科の枠を越えて、多科・多施設の共同研究が進められています。すでに病理学、免疫学、解剖学との共同研究体制が整っており実績を積み重ねてきました。また、多施設共同研究として国立長寿科学研究センター、国立がん研究センター東病院、静岡県立癌センター、名古屋大学、東北大学などとのさまざまな研究体制を整えています。
教室の沿革
開講50周年から次の50年へ。
愛知医科大学は昭和47年4月1日に開設されました。同年7月1日に暫定病院が開院され、昭和49年5月30日に附属病院が愛知県長久手町(現・長久手市)に開院されました。当教室は、大学開設時より、後藤修二が初代教授として就任したことに歴史が始まります。昭和52年に第2代教授として瀧本勲が就任、同年、山本馨が病院長兼教授として赴任し、瀧本教授を支え、現在の教室の基礎を築いてきました。
後藤修二教授、瀧本勲教授の臨床・研究テーマの主たるものは中耳炎およびその手術でした。その流れをくみ、石神寛通教授、稲福繁教授、植田広海教授に至るまで同内容に力を入れてきました。石神寛通教授を中心として、難聴および補聴器に関連する診療が行われ、稲福繁教授を中心にめまいの診療ならびに原因検索、解明に力が注がれました。植田広海教授は、耳硬化症や中耳・内耳疾患の検査・画像診断の改良、安全確実に、かつ好成績を残せる手術法の改良、ならびに新しい耳科手術法の考案を中心に取り組んできました。
これまでの当教室の流れを引き続きつつ、令和2年4月から7代目主任教授としておもに頭頸部癌治療・嚥下や音声といった気管食道科学を専門とする藤本保志が就任し、現在に至ります。
現在の教室は主任教授の藤本保志のもと、内田育恵特任教授、小川徹也特任教授、車哲成講師、丸尾貴志講師、岸本真由子医局長のほか、助教6名、医員助教8名で構成され、12の関連病院をはじめとする連携病院とともに日常診療から最先端治療をカバーしながら研究と教育に取り組んでいます。
また、当科では同窓会が充実し、有機的な連携と支援が得られています。開院当初より、『長久手会』と称して医局員や同窓の医師、近隣の開業医が集まり、定期的な勉強会が継続しており、令和5年9月にて230回に至ります。症例の検討や新しい情報を共有し、日々研鑽を積んでいます。